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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)11130号 判決 1974年5月30日

甲・丙号事件原告

詠昭代

乙号事件原告

井上勲

ほか一名

甲・乙号事件被告

太田行雄

ほか一名

乙・丙号事件被告

東京都

主文

一  被告太田行雄、同落合重夫は各自、原告詠昭代に対し九七万一、五〇〇円および内八二万一、五〇〇円に対する被告太田につき昭和四六年九月一〇日、被告落合につき同月一二日以降、内一五万円に対する本判決言渡の日の翌日以降各支払済みまで年五分の割合による金員、原告井上勲、同井上章恵に対し各四九二万四、〇八三円および内各三〇二万四、〇八三円に対する昭和四六年四月二九日以降、内各五万円に対する同年一二月一六日以降、内各三五万円に対する本判決言渡の日の翌日以降各支払い済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告ら三名の被告太田行雄、同落合重夫に対するその余の請求および被告東京都に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告詠昭代と被告太田行雄、同落合重夫との間に生じたものはこれを八分し、その七を原告詠昭代の、その一を同被告らの、原告井上勲、同井上章恵と同被告らとの間に生じたものはこれを二分し、その一を同原告らの、その一を同被告らの、各負担とし、原告らと被告東京都との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告詠「被告らは各自原告詠に対し八六五万一、六八八円および内七八七万一、六八八円に対する被告太田は昭和四六年九月一〇日、被告落合は同月一二日、被告都は昭和四七年一一月一日以降、内七八万円に対する第一審判決言渡の日の翌日以降各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

二  原告勲、同章恵「被告らは各自原告勲、同章恵に対し各八八七万二、四三九円および内各六五二万二、四三九円に対する昭和四六年四月二九日以降、内各五万円に対する同年一二月一六日以降、内各八〇万円に対する第一審判決言渡の日の翌日以降各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言

三  被告ら「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二原告詠の請求原因

一  事故

(一)  発生時 昭和四六年四月二九日午前七時三〇分頃

発生地 東京都町田市野津田町三二四〇番地先路上

加害車両 自家用普通乗用自動車(多摩五せ三三四四号、被告落合運転、被告太田同乗、以下甲車という。)

被害車両 自家用普通乗用自動車(多摩五さ三八五九号、井上孝雄――以下孝雄という。――運転、以下乙車という。)

(二)  態様 孝雄の運転する乙車が、原町田方面から府中市方面向けやや下り坂になつている本件道路の左側を先行車に続いてゆつくり走行していたところ、対向して来た被告落合の運転する甲車が制限速度をはるかに超えた速度で蛇行し、乙車の右側面前部に激突したため、乙車は進行方向左側の約二〇メートルの崖下に転落し、孝雄は頭部外傷、頸椎骨折、右大腿骨骨折、腹部打撲の傷害を受け、同日午前八時三〇分頃、横浜市緑区長津田町二一二五番地所在社団法人日本厚生団長津田厚生総合病院において死亡した。

二  責任原因

(一)  被告太田は、

1 甲車を所有し、これを自己のため運行の用に供する者であるから、自賠法三条による責任(人損について)、

2 被告落合を使用し、同被告において被告太田の業務従事中、後記過失により本件事故を発生させたから、民法七一五条一項による責任(物損について)。

(二)  被告落合は、甲車を運転し、自車車線内前方に停車中のバスをその右側から追越し、その後直ちに自車車線内に戻ることなく、漫然と約二〇メートルも対向車線を走行して乙車に激突させ、乙車を崖下に転落させたもので、同被告の未熟運転、スピードの出し過ぎ、前方不注視等の一方的過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条による責任。

(三)  被告都の責任

本件現場道路は、主要地方道一八号府中町田線(通称鎌倉街道)といわれ、被告都の管理下にある。

現場道路は、原町田方面から府中市方面に向つて下り坂で、道路左側は事故現場手前までは丘陵となつているが、事故現場付近に至るとその丘陵がとだえ突然落差約二〇メートルの断崖となつている。

被告都は、現場付近がこのような特殊な地形になつているのを知悉しながら、ガードレールを設置する等の危険防止処置をとらずに放置したため、乙車は甲車の激突による衝撃をくい止めることができずに約二〇メートル崖下に転落し、その結果、孝雄は死亡するに至つたものであり、また、現場道路はローリングしやすく、特に降雨の際にはその危険性が増大する地域であるから、同被告は、ガードレール等の設置を怠り道路管理に瑕疵があつたものというべく、現に同被告が、本件事故直後、右当該現場にガードレールを設置したのは本件現場が危険箇所であることを認めた証左であり、国家賠償法二条一項による責任は免れない。

三  損害

(一)  原告詠(以下第二においては単に原告という。)の損害

1 治療費、診断書料、 五、八五〇円

2 通夜・葬儀・初七日・四九日等の葬祭費 四六万七、三七五円

3 レツカー車代 五、〇〇〇円

(二)  孝雄の損害並びに原告の相続

1 孝雄の逸失利益 一、一八六万五、六二六円

(1) 給料分 六六四万二、六〇九円

孝雄は、事故時二六歳一〇月で、訴外株式会社新陽社(以下新陽社という。)に勤務し、当時月四万八、五〇〇円の給料を得、月一万五、六二八円の生活費(昭和四三年度総理府統計による。)を要していたから、本件事故にあわなければ爾後三六年二ケ月にわたり月額三万二、八七二円(右差額)の純収益を得ていたはずであるから、これを基礎として、孝雄の給料分の逸失利益をホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると六六四万二、六〇九円となる。

(2) 賞与分 三七二万一、五七九円

孝雄の勤務する新陽社の年間賞与は給料の四ケ月分であるから、本件事故にあわなければ、爾後三三年間にわたり少なくとも年額一九万四、〇〇〇円程度の賞与を得たはずであり、これを基礎として、孝雄の賞与分の逸失利益の現価を、前記同様中間利息を控除して算定すると、三七二万一、五七九円となる。

(3) 退職金分 一五〇万一、四三八円

新陽社の就業規則によると、従業員の定年は満六〇歳であるから、孝雄は、本件事故にあわなければ、定年に達する昭和七九年六月一四日まで右会社に勤務し、同人が入社した昭和四二年一二月一日から通算すると、三六年七月勤続して定年退職したはずである。

右会社の退職金に関する定めによると、定年退職の場合の退職金は、勤続二〇年で退職時の基本給月額の二五・二月分、その後は一ケ年増す毎に〇・八四月分ずつを加算し、一年未満の端数がある場合は月割によることとなつている。

孝雄の定年退職時の基本給は、少くとも月額一〇万八、〇〇〇円を下ることはないので、この金額を退職時の基本給として、孝雄の定年時の退職金の事故時の現価を、前記同様中間利息を控除算定すると、一五〇万一、四三八円となる。

2 孝雄の慰藉料

孝雄は、事故当時二六歳で、昭和三八年大分県立大分工業高等学校を卒業後、昭和四二年一二月一日、新陽社に入社して設計を担当し、勤務態度と仕事上の実績を買われて右会社の将来を担なう人材として嘱望され、自らも大いに意欲を燃やしていたが、一瞬の不慮の事故で死亡したもので、その精神的苦痛を慰藉するには、四〇〇万円を相当とする。

3 原告が孝雄の右損害賠償請求権につき、決定相続分に応じ、孝雄の内縁の妻としてその二分の一である七九三万二、八一三円を相続した。

原告は、孝雄と二人だけで独立した一世帯を形成し、孝雄が生存していたら得られた収入は原告と孝雄との共同のものとなつていたはずである。

そうであれば、原告は民法七一一条にいう「配偶者」に準ずるものとして孝雄に生じた財産的、精神的損害についての賠償請求権の少なくともその二分の一を取得したものというべきである。

(三)  原告の慰藉料

被告側の一方的過失により最愛の夫を失つた原告の精神的苦痛を慰藉するには少なくとも二〇〇万円を相当とする。

仮に、前記(二)の孝雄の損害につき、原告に相続権がないとすれば、左記の理由により、原告に対する固有の慰藉料として四〇〇万円を相当とする。

1 原告は、父平七郎、母和子の長女として、昭和一九年三月一三日出生し、長じて昭和三七年三月文京学園女子高等学校を卒業後、同年四月から昭和四三年一二月末日まで常盤相互銀行に勤務した。この間、昭和四二年五月一六日訴外小中正之と結婚したが、同人との折り合いがうまく行かず、結婚生活は破綻し、同年九月一六日からは右小中と別居するようになり、同年一一月三日以降は事実上の離婚状態となつた。

2 そこで、原告は、同月末日浦和家庭裁判所に離婚の調停を申立て、昭和四三年三月頃調停が不調となつたので、直ちに浦和地方裁判所に離婚訴訟を提起し、昭和四五年一二月一九日協議離婚する旨の和解が成立し、同月二六日その届出をなした。

3 原告は、右訴訟の係属中である昭和四四年四月に新陽社に入社し、同年一〇月頃から同社設計部に勤務する孝雄と右離婚訴訟の係属中であることも話したうえ、その諒解のもとに結婚を前提とした交際を始め、昭和四五年一二月一七日頃、双方の両親および親戚の祝福するなかで正式に婚約した。

4 原告と孝雄は、昭和四六年四月二五日孝雄の直属の上司である同社の設計課長南沢正雄夫妻の媒酌で結婚式を挙げ、同日から同月二七日までの間京都方面に新婚旅行し、同日媒酌人への挨拶廻りを終え、孝雄は、同月二九日朝乙車を運転し、同社の神田営業所に勤務する原告を小田急線新原町田駅まで送り、その後、自らの勤務する調布工場に走行途上に本件事故に遭遇したものである。

5 原告は、このような幸福な結婚生活のスタート直後に、本件事故により、再度原告の幸福は無残にも踏みにじられ、度重なる衝撃で結婚に対する自信を失い、容易には立ち直ることができない状態にある。

6 このような状態にある原告に対し、被告らが心からの詫びや励ましの言葉をかけるのでもなく、婚姻期間の長短や再婚禁止期間を云々して居直る態度を取るに至つては原告の精神的苦痛を増大させるばかりである。

(四)  損害の填補

原告は、孝雄の事故死に基づく損害につき、自賠責保険から二五三万九、三五〇円を受領し、原告の前記損害に充当した。

(五)  弁護士費用

原告は、再三の請求にも拘らず、被告らが任意の弁済に応じないので、弁護士である原告代理人にその取立てを委任し、着手金として五万円を支払い、報酬としては前記損害賠償請求額の一割に当る七八万円を支払うことを約した。

四  結論

よつて、原告は被告ら各自に対し、八六五万一、六八八円およびうち弁護士報酬を除く七八七万一、六八八円に対する訴状送達の日の翌日(被告太田につき昭和四六年九月一〇日、被告落合につき同月一二日、被告都につき昭和四七年一一月一日)以降、うち弁護士報酬である七八万円に対する第一審判決言渡の日の翌日以降各支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三原告勲、同章恵の請求原因

一  事故

(一)  前記第二の一(一)の事実と同旨。

(二)  態様孝雄の運転する乙車が現場道路に差し掛かつたところ、酒に酔つた被告落合が甲車を運転し、反対方向から中央線を越えて猛スピードで蛇行して来て乙車の右側前部に激突したため、乙車は、進路左側の約二〇メートル崖下に転落し、孝雄は、右激突および崖下転落により、頸椎骨折、頭部外傷、右大腿部骨骨折、腹部打撲の傷害を受け、事故後約一時間後に死亡した。

二  責任原因

前記第二の二((一)2を除く)と同旨。

三  損害

(一)  孝雄の損害並びに原告ら(原告勲、同章恵をいう。以下第三において同様。)の相続

1 孝雄の逸失利益

(1) 給料分 五六八万二、六五二円

前記第二の三(二)1(1)と同様(但し、控除すべき生活費は給料の二分の一とする。)に算定する。

(2) 賞与分 一八六万〇、七八九円

前記第二の三(二)1(2)と同様(但し、生活費として賞与の二分の一を控除する。)に算定する。

(3) 退職金分 一五〇万一、四三八円

前記第二の三(二)1(3)と同様に算定する。

2 孝雄の慰藉料

前記第二の三(二)2の事実と同旨。

3 原告らは、孝雄の右損害賠償請求権につき、法定相続分に応じ、孝雄の父母としてその二分の一である各六五二万二、四三九円宛を相続した。

(二)  原告らの慰藉料

原告らは、苦しい生活の中で、他の二人の子(孝雄の兄妹)と共に孝雄を養育し、工業高校を卒業させた。同人は、身につけた技術を生かすことのできる新陽社に入社し、その将来を嘱望されていたから、原告らは、精神的にも経済的にも同人に対し多大の期待をかけていたが、このような最愛の子を看護すらする機会もないまま一瞬のうちに失つた原告らの精神的苦痛は甚大であり、その苦痛に対する慰藉料の額は、原告ら各一五〇万円が相当である。

(三)  損害の填補

原告らは、孝雄の事故死に基づく損害につき、自賠責保険から二四六万七、五〇〇円を受領し、原告らの前記損害に充当した。

(四)  弁護士費用

原告らは、度重なる請求にも拘らず、被告らが任意弁済に応じないので、昭和四六年八月二七日、弁護士である原告ら代理人にその取立てを委任し、着手金として各五万円支払い、成功報酬として本件損害賠償請求額のそれぞれ一割にあたる各八〇万円を支払うことを約した。

四  結論

よつて、原告らは被告ら各自に対し、各八八七万二、四三九円および内原告らの慰藉料および弁護士費用を除く各六五二万二、四三九円に対する事故発生の日である昭和四六年四月二九日以降、内弁護士着手金各五万円に対する本訴提起の日である同年一二月一六日以降、内弁護士報酬各八〇万円に対する第一審判決言渡の日の翌日以降各支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告太田、同落合の答弁および反論

一  答弁

原告ら各請求原因一(一)の事実は認め、同(二)の事実中、乙車が先行車に続いてゆつくり走行していたとの事実および甲車が制限速度を越えて蛇行し、乙車の右側面前部に激突したとの事実は否認し、その余は認める。

原告詠の請求原因二(一)の事実は認める(原告勲、同章恵に対する関係においても同事実を認める趣旨である。以下同様)。

同二(二)の事実中、被告落合が未熟運転、スピードの出し過ぎ、前方不注視の過失により本件事故を発生させたことを否認し、その余は認める。

同三(一)ないし(三)の事実は不知。

同三(四)の事実は認める。

同三(五)の事実のうち、原告詠が被告らに対し、再三請求したとの事実は否認し、その余は不知。

原告勲、同章恵の請求原因三(一)(二)の事実は不知。

同三(三)の事実は認める。

同三(四)の事実は不知。

二  反論と抗弁

(一)  事故の状況

1 本件事故現場は、通称鎌倉街道といわれる幅員約八・五五メートルの舗装道路で、甲車の運行方向からは登り坂で、ゆるいカーブとなり、右側は約一五メートルの崖となつているため、事故現場手前まではガードレールが設けられているが、乙車の転落した付近の約二〇~三〇メートルの部分だけはガードレールが設けられていない。

2 被告落合は、甲車を運転し、被告太田を同乗させて右現場に差し掛かつたところ、進路前方に訴外淡路吉次の運転する神奈川中央交通株式会社所有のバス(以下本件バスという。)がパンクして停止し、丁度対向車もなかつたので、本件バスを追越すため甲車の速度を時速約三五キロメートルにして中央線を越えた際、約五八メートル前方に時速七〇キロメートル以上の速度でばく進して来る乙車を発見し、衝突を避けるため直ちにハンドルを左に切つたが間に合わず、中央線上を走行中の甲車の右前部と乙車の右前部が接触し、その反動で甲車は右廻転し、更に同車の左前部と乙車の後続車である訴外小尾忠司の運転する普通乗用自動車(以下丙車という。)の右前部が接触して停止し、乙車は道路左側の崖下に転落した。

3 孝雄には出勤を急ぐあまり下り坂にも拘らず、時速七〇キロメートル以上のスピードを出し過ぎたことおよび進路左端から約三メートルの中央線寄りに走行した等の過失があつたと言わねばならない。

一方、被告落合は、進路前方の本件バスが故障のため停止し、甲車が前進するにはこれを追越さねばならず、丁度対向車もなかつたので制限速度内である時速約三五キロメートルで本件バスを追越した際の出来事であり、孝雄のスピードの出し過ぎがなかつたならば本件事故は発生しなかつたはずである。

4 仮に被告落合に何らの過失があつたとしても、乙車の転落した現場道路端にガードレールが設けられていたならば、甲乙両車の接触が両車の先端部のみであるから、右接触で乙車が崖下に転落し、孝雄が死亡するに至ることもなかつたはずである。

本件死亡事故は、事故現場付近だけガードレールを設置していなかつた道路管理者である東京都の責任によるものであつて、被告落合の過失に基づくものではない。

(二)  (原告詠に対し)原告詠は、訴外小中正之との婚姻中に、孝雄と結婚を前提とした交際を始め、訴外小中との協議離婚後六ケ月間の再婚禁止期間内に孝雄と結婚式を挙げたに過ぎないから、結婚の故をもつて慰藉料を又はその加算を認めるべき限りでない。

第五被告都の主張

一  答弁

原告らの各請求原因一の事実は認める。

同二(三)の事実中、被告都が本件道路を管理し、事故現場付近の道路が原町田方面から府中市方面に向い下り坂となり、事故当時、原告ら各主張部分にガードレールが設置されていなかつたことは認め、その余は、否認する。

原告詠の請求原因三(一)(二)の事実は不知。

同三(三)の事実中、原告と孝雄がその主張の日に結婚式を挙げたことは認め、その余は不知。

同三(四)の事実は認める。

同三(五)の事実は不知。

原告勲、同章恵の請求原因三(一)(二)の事実は不知。

同三(三)の事実は認める。

同三(四)の事実は不知。

二  反論

(一)  本件現場道路は、幅員九・五メートルのアスフアルト舗装道路で、上下二車線に区分され、追越し禁止地域で路面上にその旨の標示がなされ、最高制限速度が時速四〇キロメートルで、その旨の標識も設置されている。

現場付近道路では、原町田方面から府中市方面に向つて下り勾配となつているが、その勾配は極めて緩やかなもので、道路形状はほぼ直線になつているので見とおしは良く、原町田方面から現場手前までの道路左側は緩やかな丘陵となつているが、事故現場付近に至つて突然丘陵がとだえ断崖となつているという地形ではない。

現場道路の交通量は他の地域に比較すると少ない方である。

(二)  事故現場付近の道路状況が、右のとおりであるから、車両の運転者が交通規制を遵守し、追越し禁止区域での追越しをすることなく、制限速度以下で走行するならば、現場付近道路にガードレールの設置がなくても、車両の運行には何ら危険な場所ではなかつた。

道路の管理者が車両の路外逸脱を防止するためにガードレール等の防護施設を設置するにあたつては、道路の地理的状況・幅員・形状・勾配および交通量ならびに通行車種構成、走行速度および気象状況等を考慮して設置すれば足り、車両の衝突事故を起因とする路外逸脱の危険性をあらかじめ予測して防護施設を設置しなければならないとは到底考えられない。

道路管理者は、車両の通常の運行によつても、なおかつ走行車両の路外逸脱の危険性のある道路に限り防護施設を設置すれば足りるというべきである。

(三)  本件路外逸脱による転落事故は、被告落合が酒に酔つて甲車を運転し、猛スピードで蛇行しながら走行し、中央線を越えて対向車線内に入り、孝雄の運転する乙車の右側面前部に激突したことに起因し、被告落合の無謀運転によるものであつて、ガードレール等の防護施設の有無とは何ら因果関係はない。

以上のとおり、被告都は、本件道路の管理に瑕疵はないから、何ら責任はない。

第六証拠〔略〕

理由

第一事故発生およびその態様

孝雄が、原告ら主張の日時、場所において、乙車を運転し、原町田方面から府中市方面向け、やや下り坂になつている本件道路の左側車線を走行していたところ、被告落合の運転する甲車が中央線を越えて対向車車線を走行して来たため、甲車と乙車が衝突し、乙車は進行方向左側の約二〇メートルの崖下に転落し、孝雄は頭部外傷、頸椎骨折、右大腿骨骨折、腹部打撲の傷害を受け、原告ら主張の日時、場所において死亡したことは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

(一)  本件道路(主要地方道三七号線、いわゆる鎌倉街道)は、東京都町田市原町田方面(南側)と同都府中市方面(北側)とを結ぶアスフアルト舗装道路で、歩車道の区別のない、有効幅員約八・五五メートル(片側各一車線)で、中央にセンターライン(チヤツターバーがある)の設けられた道路であり、本件現場は、袋橋交差点の南方約八〇〇メートル、薬師池交差点の北方約二〇〇メートルの地点である。本件事故発生現場付近は、府中市方面(北方向)から原町田方面(南方向)に向いやや上り坂となり、府中市方面から向つて右側(西側)にゆるやかにカーブし、道路西側は一〇メートル以上落差のある崖となり、東側は道路端に高さ約三・三メートルの石垣があつてその左が土手となつている。

同所はゆるやかなカーブであるため、東側車線からの見とおしは概ね良好であるが、西側車線からの見とおしは樹木や草の葉等にさえぎられてあまりよくない。

現場道路は制限速度が時速四〇キロメートルで、路面は、事故当時、かなり激しく雨が降つていたため、湿潤して滑り易く、前方の見とおしがかなり悪い状態であり、当時は祝日でしかも早朝であつたため交通量は少なかつた。(なお、現在、右事故現場は、事故時とは様相を異にしている。当時、現場道路の西端は、事故時、原町田方面から事故現場手前まではガードレールが設置されていたが、現場付近の崖側には何らの防護設備もなされていなかつたところ、昭和四六年四月現場南方約二、三〇〇メートルの地点に町田市立薬師中学校が開設されたため、学童、生徒の通学道路であることと、一般歩行者の危険防止を考慮し、現場西側の車道端に縁石を敷いて車道より約二〇センチメートル高くした幅約一・九五メートルの歩道を設け、車道側の右縁石上に高さ約七〇センチメートルのガードレールと崖側に高さ約一メートルの鉄製の柵を設置し、右歩道部分は崖の上に出張つた形となり、車道幅員が約七・八四メートルとなり、狭くなつている。)

(二)  孝雄は、事故当日午前七時過ぎ頃、原告を乙車に同乗させて東京都町田市本町田の自宅を出発し、原告を小田急線新原町田駅まで送り、同都調布市にある勤務先の工場に向うべく、本件道路を原町田方面から府中市方面に向け進行し、前記薬師池交差点で信号待ちのため一時停車した後、道路左側(西側)の自車車線内を時速約四〇キロメートルの速度で走行して現場に至り、一方、被告落合は、昭和三七年四月一種普通免許を取得し、当時約九年の自動車運転経験を有する者であるが、同日午前七時頃、甲車に被告太田をその後部座席に同乗させて同都立川市柴崎町の同被告宅を出発し、神奈川県大和市に向うべく、本件道路を府中市方面から原町田方面向け先行車(普通貨物自動車、ジユピター)の二、三〇メートル後方を走行してきて、現場手前で二、三台の対向車とすれ違つた後、進路左側端にタイヤのパンクで駐車中の本件バスを追越すため対向車線に入り、時速四〇キロメートルを下らない速度で本件バスを追越し、追越した際に対向車は見えなかつたが、本件バスを追越して約二二メートル進行した地点で、対向して来る乙車を約二八メートル前方に発見し、とつさにハンドルを左に切つて自車車線に戻ろうとしたが間に合わず、乙車車線上の道路西側端から約三メートル付近の地点で甲車の右前部と乙車の右前部が衝突し、乙車は衝突地点道路西側の崖下約一五メートルの地点に落下し、甲車は左に大きく回転して北西向きの状態になつたところを、乙車の後方約四〇メートルを追随して来た訴外小尾忠司の運転する丙車が、接触を避けようとしてハンドルをやや左に切つたがおよばず、道路西側端から約二メートル、右衝突地点原町田寄り約一一・七メートルの地点において、甲車の前部と丙車の右側面が接触した。

(三)  本件バスの停止していた地点は、甲・乙車の衝突地点から府中寄りで、甲車の進路後方左端で、衝突地点からの約三六メートルの地点である。

以上の事実が認められ、被告落合が甲車を蛇行して走行させたこと、甲・乙車が右認定以上の速度で走行し、甲車が乙車の右側面前部に激突したと認めるに足りる証拠はなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

前記当事者間に争いがない事実および右認定事実によると、被告落合は、本件道路が二車線に区分され、片側車線の幅員がわずか四メートル余であり、しかも道路前方が西側にカーブし、樹木や草の葉等にさえぎられて見とおしがあまりよくなく、さらに、当時は激しく雨が降つていたので前方の見とおしがさらに悪く、路面も湿潤し滑り易い状況であつたから、自車車線進路前方の左側端に停止していた本件バスを追越すために対向車線に入るからには、対向車との安全を確認し、それができないなら適切な速度に減速して対向車線に入るべきであるのに、時速四〇キロメートルを下らない速度で漫然と対向車線に入り、しかも、漫然と約二二メートルも対向車線内を進行した地点で、はじめて前方約二八メートルの地点に対向して来る乙車を発見し、とつさにハンドルを左に切つて自車車線に戻ろうとしたが、間に合わず、乙車の右前部に甲車の右前部を衝突させたものであり、孝雄にとつて前方の見とおしの悪い状況のなかで、自車車線内を対向車が走行して来ることをとくに予測すべき状態になかつたから、直前に至つてこれを発見し避けるいとまもなく、衝突を余儀なくされたものと推認される。

そうすると、本件事故は、被告落合の過失により生じたものであることは明らかであり、孝雄に事故発生に関し、過失ないし落度があつたと認めるに足りる証拠はなく、又孝雄が自車の崖下転落によつて死亡したことも、車両の衝突事故の際に車両が路外に逸脱することも通常予測されることであるから、同被告の本件運転行為と相当因果関係にあるというべきである。

第二責任原因

(一)  被告太田が甲車を所有し、これを自己のため運行の用に供する者であることは当事者間に争いがない。

よつて、同被告は自賠法三条により被告らの蒙つた後記損害(人損)を賠償する義務がある。

被告太田が被告落合を使用し、同被告において被告太田の業務従事中に本件事故を発生させたことは同被告と原告詠との間に争いがない。

よつて、同被告は被告落合に前記のとおり過失があるから、民法七一五条一項により原告詠の蒙つた後記損害(物損)を賠償する義務がある。

(二)  被告落合は、本件事故発生につき、前記のとおり、前方不注視、通行区分違反、安全運転義務違反などの過失があるから、民法七〇九条により、原告らの蒙つた後記損害を賠償する義務がある。

(三)  被告都の責任について

被告都が本件道路を管理し、事故現場道路は、原町田方面から府中市方面に向い下り坂となり、事故当時、原告主張部分にガードレールが設置されていなかつたことは争いがない。

〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1  本件現場道路は、府中市方面と原町田方面とを結ぶ主要道路であるが、現場周辺は未だ郊外地で、事故前後頃から近くに住宅団地が出来、宅地造成も盛んになるようになつて居住者も増えるようになつたものの、道路沿いには住宅等はなく、樹木や雑草が繁茂し草原となつている。

2  現場道路を含む東京都南多摩地区の都道は、東京都南多摩建設事務所が現実には管理し、同地区内都道の新設改良および安全敷設ならびにその工事設計を担当しているが、同建設事務所では、既製道路の整備と道路建設を急務とし、歩道やガードレールを設置するに当つては、まず管内道路の道路状況を調査し、当該道路の交通量および利用状況、安全性、事故発生件数等の資料を下に関係機関および関係者との協議を経て、工事優先箇所を決定し、予算等の限度で整備していくこと、本件道路は、これまでは交通量も少なく、歩行者もあまりない状況でその整備が適視されなかつたが、近年になつて地域の開発や宅地造成が盛んとなり、交通量も年々増加したため整備計画の中に入るようになり、昭和四五年度予算で歩車道を区分し、ガードレールを設置する工事が施行されることとなり、同工事は昭和四五年一二月に開始され、昭和四六年三月に終えたが、これは、本件道路がバス路線で、バス通勤者が増えたことから停留所の拡大のため当初の予算には組まれていなかつたのを地元住民の強い要望を受け入れて別途予算で先行させたもので、事故現場付近の約一五〇メートルの区間だけが予算の都合上取り残されていた。

3  右取り残されていた現場付近の道路は、昭和四六年度の予算で整備工事が認められ、同年七月に工事を始め、同年九月末頃前記認定のとおり、歩車道を区別し、ガードレール等の防護設備も整つて完成した。

右工事は、本来の整備計画に基づいて施工されたものである。

4  本件事故現場付近は、これまで交通事故が発生したことはなかつた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

〔証拠略〕には、本件道路は、路面が湿潤している際などは滑り易く、特に冬期にはローリングし易い旨の部分があるが、前認定の本件道路の状況、特にゆるやかなカーブがあるだけで路面の勾配もゆるやかなものであることなどに照らすと、運転者の常識を逸する高速その他無謀の運転時はともかく、通常の走行時によつて、ローリング等運転を誤らせるような道路状況にあることを窺わせる証拠はない。しかも、前記認定したように、本件事故はローリングによるものでも、スリツプによるものでもない。

(原告らは、事故現場道路が、原町田方面から府中市方面に向け進行して来ると、進路左側の現場手前までは丘陵となつているが、現場付近に至つてその丘陵が突然とだえて落差約二〇メートルの断崖となつた特殊な地形であると主張するけれど、これを認めるに足りる証拠はなく、また、右主張事実の故をもつて、本件道路に瑕疵があり、これが本件事故に関連をもつものとは到底考えられない。)

そこで、本件現場道路の設置管理に瑕疵があるか否かについて検討するに、国家賠償法二条一項にいう設置管理の瑕疵とは、当該道路が道路として通常具備すべき性質または設備を欠いていることをいうものと解すべきところ、本件現場付近は、事故当時、交通量も未だ少なく、歩行者もあまりない状況で、危険な地域といえるのでもなく、これまでに事故発生のなかつたことなどを考慮すると、当該現場道路が当時原告ら指摘の個所にガードレールを具えなかつたからといつて道路として通常備えるべき性質または設備を欠いていたとはいえない。前記したような道路状況、交通事情下にあつては特にこの必要があつた箇所ともいえない。又前記したような事故態様に鑑みれば、本件甲・乙両車の衝突はガードレールの設置と無関係に発生したものであることは明らかであり、その後の孝雄死亡に至るまでの因果の関係はガードレールの設置があつても生じ得るような、通常予測される範囲内にあることも明らかである(本件現場付近は、ガードレール等の防護設備があれば、本件衝突事故のような場合には西側の崖下に自動車ごと転落することを避け得たことも十分予想されるが、逆に設置されていても転落したことも予想されないでもない。そして本件事故態様、特に車両の速度、衝突態様からすると、孝雄は、両車の衝突の際の衝撃或いは、ガードレールとの衝突により死亡するに至ることもあり得るところである。)。

してみると、本件事故は、被告都が、本件現場道路にガードレール等の設置を怠り、本件道路の管理に瑕疵があつたために発生したとは認められないから、原告らの主張は理由がない。

第三原告詠の損害(原告詠―第三においては単に原告という―と被告太田、同落合との関係での判断)

(一)  治療費、死亡診断書料

〔証拠略〕によれば、原告は、孝雄の事故による受傷死亡に伴い、治療費、死亡診断書料として五、八五〇円の支出を余儀なくされたことが認められる。

(二)  通夜・葬儀・初七日・四九日等の葬祭費

〔証拠略〕によれば、原告は、孝雄の事故死に伴い、その内縁の妻として、通夜・葬儀・初七日・四九日等を主宰し、その費用として合計四六万五、七二五円を下まわらない支出をしたことが認められるところ、孝雄の年令、職業等を考慮し、被告太田、同落合において負担すべき葬祭費の額は、三五万円に限り相当因果関係にあると認めるのを相当とする。

(三)  レツカー車代

〔証拠略〕によれば、原告は、本件事故により、大破した乙車をレツカー車で引上げるため、五、〇〇〇円の支出を余儀なくされたことが認められる。

(四)  原告固有の慰藉料

〔証拠略〕によれば、原告詠の請求原因三(三)の事実が認められる。

してみると、原告が孝雄と結婚式を挙げて同居した直後であること、原告の年令、境遇、事故の態様その他本件に顕われた一切の事情を考慮するときは、原告の精神的苦痛に対する慰藉料の額は、三〇〇万円を相当とする。

原告は、孝雄と法律上有効な婚姻すなわち民法七三九条所定の婚姻届出をすませた配偶者でないことはその自認するところであるから、同法第八九〇条にいう配偶者に当らず、亡孝雄の相続人の地位にないものというべきである。

すなわち、原告は、孝雄の逸失利益及び慰藉料についての損害賠償請求権を法定相続した旨主張する。確かに、内縁関係は婚姻関係に準じて法律上の保護を受ける場合も少なくなく、或者が事故死した場合においては、内縁配偶者は、被害者が事故に遭遇せず、なお生存を続けていれば民法七六〇条に基く費用支弁その他享受し得たはずの財産上の利益も失うことが通例であろうし、場合によつては生計の資にもこと欠く事態となることも少なくないであろう。そのため、損害賠償請求においては、被害者の死亡に伴い残される内縁の妻を保護しようとする考え方のあることも理解できないではない。

しかし、相続に関する法制度すなわち、誰が相続人となるか、相続分如何は、被相続人が死亡した場合における近親者の受けるべき財産上の利益、生計上の必要や、被相続人の財産処分に対する意図等を一般的類型的にとらえ、それを法制化したものであり、ただ、それは被相続人の遺言等により個別的に修正されることがあるにすぎないとしているのである。このような相続関係は、第三者、例えば債権者の利害に影響することが大きく、個別的具体的理由により左右し得ないものである。残された内縁配偶者に不法行為法上保護を与えるか否かは、法の選択に委ねられているところ、死亡者本人の損害賠償請求権の相続については、わが民法上、相続人ないし受遺者以外には保護を与えないものと法定しているのであつて、内縁の夫が生存している場合は、内縁の妻が婚姻関係に準じて法律上の保護を受けることがあり得るとしても、相続の場合にあつては、右の基本原則を崩すことが許されていないのである(しかし、残された内縁配偶者に法定相続権はないとしても、相続人、内縁配偶者等の親族間において相続された財産関係について、個別的具体的に、話しあいをすることは何ら妨げられておらず、かえつて望ましいことである。現行家庭裁判所における調停もこれを予定しているといえる。)。

したがつて、孝雄の損害賠償請求権を相続したとする原告の請求は、その余の部分について判断するまでもなく失当である。

(五)  損害の填補

原告が、孝雄の事故死に基づく損害につき、自賠責保険から二五三万九、三五〇円を受領したことは原告の自認するところであるから、原告の損害に対し右金額が充当されたものというべきである。

(六)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、被告らにおいて本件賠償の任意支払いをしなかつたため、原告は、本件訴訟の提起追行を弁護士である本件訴訟代理人に委任し、その主張の報酬の支払いを約したことを認めることができる。ところで、本件訴訟の経緯、事案の内容、認容額に照らし、本判決言渡時の現価において、一五万円を事故と相当因果関係のある損害としての被告太田、同落合の負担すべきものとみるのが相当である。

第四原告勲、同章恵の損害(右原告ら―以下、第四では単に原告らという―と被告太田、同落合との関係における判断)

(一)  孝雄の逸失利益

〔証拠略〕によれば、次の各事実を認めることができる。

1  孝雄は、死亡当時満二六歳一〇月の健康な男性であつて、昭和四二年一二月一日から新陽社の製造部技術課に設計担当者として勤務していたこと。

2  同人は同社から少なくとも月四万八、五〇〇円を下まわらない給料と年間右給料の四ケ月分相当を下らない賞与を得ていたこと。

3  新陽社の従業員の定年は満六〇歳であつて、孝雄が右定年まで勤続すれば勤続年数が三六年七月となり、同人の定年時の基本給は同社の就業規則の一部を成す昇給取扱内規により少なくとも月一〇万八、〇〇〇円を下らないみられ、同社の退職金規定には、退職金は、退職時の基本給を基礎とし、支給率は勤続二〇年までが二五・二月分、その後は一ケ年増す毎に〇・八四月分ずつを加算し、一年未満の端数ある場合は月割による旨定められていること。

してみると、孝雄は、事故にあわなければ、少なくとも爾後新陽社の定年である六〇歳までの三三年間稼動することができたはずである。そして、その間において孝雄の給与は少なくとも右認定の額を下らず、ただ、同人はその中から同人の生活費、税金等として収入の四割の支出を余儀なくされるものと推認するのが相当であるから、孝雄の給与分の逸失利益の昭和四六年四月二九日時の現価を、本判決言渡時までは単利(ホフマン式)、その後は複利(ライプニツツ式)により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、七六六万五、三九八円と算定される。

次に、孝雄は、同社の定年時において、退職金として四二二万六、〇四〇円を受けることができたはずであり、この昭和四六年四月二九日の現価を、本判決言渡時までは単利(ホフマン式)その後は複利(ライプニツツ式)により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると、八五万〇、二六九円となる。

(二)  原告らの相続

〔証拠略〕によれば、原告らは、孝雄の父母であり、孝雄には原告らのほかに相続人がなかつたことが認められる。よつて、原告らは、孝雄の逸失利益の賠償請求権をその二分の一である四二五万七、八三三円ずつ相続取得した。

(三)  原告らの慰藉料

既述したような孝雄の年令、職種および前掲丁第一号証により認められる原告ら家族構成および事故態様その他本件に顕われた諸事情を考慮するときは、孝雄の死亡に伴つて同人及び原告らに生じた精神的苦痛に対する慰藉料の額として、被告らに請求し得るものは原告ら各一五〇万円を相当とする。

(四)  損害の填補

原告らが、孝雄の事故死に基づく損害につき、自賠責保険から二四六万七、五〇〇を受領したことは当事者間に争いがないから、右金員を原告らの前記損害に原告ら各一二三万三、七五〇円ずつ充当されたものというべきである。

(五)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、昭和四六年八月二七日弁護士である原告ら代理人に本件訴訟を委任し、着手金として各五万円を支払い、成功報酬については本件損害賠償請求額のそれぞれ一割にあたる各八〇万円支払うことを約したことが認められるが、本件審理の経緯、事案の内容、認容額等に照らし、弁護士費用として原告らそれぞれ四〇万円(うち各五万円は着手金分で、昭和四六年一二月一六日以降民法所定年五分の割合による遅延損害金を付すべきものとし、うち各三五万円は報酬分で本判決言渡の日に支払われるべきものとして)の限度で本件事故と相当因果関係のある損害として被告太田、同落合の負担すべきものとみるのが相当である。

第五結論

よつて、原告詠の本訴請求は、被告太田、被告落合ら各自に対し、九七万一、五〇〇円および右金員から弁護士費用を控除した八二万一、五〇〇円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告太田は昭和四六年九月一〇日以降、被告落合は同月一二日以降、弁護士費用である一五万円に対する本判決言渡の日の翌日以降各支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で認容し、同被告らに対するその余の請求、被告都に対する請求は失当として棄却する。

原告勲、同章恵の本訴請求は、被告太田、被告落合各自に対し、各四九二万四、〇八三円および右金員から慰藉料および弁護士費用を控除した各三〇二万四、〇八三円に対する事故発生の日である昭和四六年四月二九日以降、うち弁護士着手金である同原告ら各五万円に対する同年一二月一六日以降、うち弁護士報酬である同原告ら各三五万円に対する本判決言渡の日の翌日以降各支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、同被告らに対するその余の請求および被告都に対する請求は失当として棄却する。

訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 田中康久 玉城征四郎)

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